火を自由に操ることができるようになった人類は、火を通すことによって食べられる動植物の範囲が格段に広がり、火の暖かさによって氷河期のような寒い時期を生き延びることができ、それまで不可能であった寒冷の地にも住むことができるようになった。そして、光の下で闇の恐怖を免れ、ほかの動物からの襲撃を避けることができるようになった。道具(石器)を使って自分よりも大きな動物まで狩りの獲物とすることが可能になり、とうとう食物連鎖の最上位に躍り出て、個体数の増加が急速に加速されるトップーギアの状態に入った。最初のころ、明かりは煮炊きと暖房と明かりを兼ねた火の三つの機能の一部であった。つまり、火の三つの機能は分離されておらず、専用の明かりはなかったはずだ。木々を燃やすうちによく燃える種類の木を発見し、それを束ねだり、形を工夫して専用の明かりである「たいまつ」がつくられた。たいまつは本来燃え尽きてしまうものだし、そうでなくとも長いうちには朽ち果ててしまうから、証拠は何も残っていない。だから、いつごろから使われるようになったのか、いまとなってはわからない。しかし、専用の明かりをつくることによって、かまどのような煮炊き専用の炎の工夫や、暖をとるためだけに使われる炎の工夫も、独自に行なわれるようになったであろう。狩りをして得た肉を火にあぶって食べるときに、獣脂もたいまつのようによく燃えることに気がついたであろう。その獣脂を石などでつくった容器に入れ、植物の繊維などでつくった芯を獣脂に浸す「オイルランプ」がつくられた。オイルランプがたいまつと決定的にちがうのは、燃やすこと(灯芯)と燃料の貯蔵とに、機能を分離した構造にある。灯芯には灯芯としての工夫が、獣脂を貯蔵する容器は容器で、それぞれにさまざまな工夫が行なわれるようになった。ある現象を形づくっている多くの機能に気がつき、一つ一つを分離して、それぞれが自立的な成長を遂げられるように操作することで、人類は多くのイノベーションのきっかけをつくってきたのである。人類ならではのこの知恵は、明かりの歴史の最初から発揮されてきた。オイルランプの最古の例としては、後期旧石器時代(約3万5000年前から約1万年前)の末期に属するフランスのドルドーニュのラームート洞窟から出土した砂岩製ランプが知られている。